COFFEE COLORS ロースター&バリスタ

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カテゴリ:コーヒーカラーズ物語( 19 )


2013年 07月 25日

第2巻 最終章10話 再び仙台へ FWCFついにオープン

5年ぶりの訪問から2週間ぶりに 再び仙台へ 今回はどうしても行きたいところが何箇所かあった

FWCFのオープンは予定の19日から更に1週間遅れ7月25日(木)に変更、そのことで娘明日香(小学5年生)の夏休みと重なった

コーヒーカラーズ開業から年中無休で過した5年間、一度も遠出の旅行など連れて行けなかったが・・・
急遽の思いつきで仙台駅隣接のAELにある悲願のポケモンセンタートウホクに連れて行くことにした

楽しい小旅行だが、それだけでなく仙台でお世話になった若林区の状況は? 良く遊んだ沿岸地区の今は?
この目で実際に確かめておきたかった 

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明後日のオープンを目前にFWCFは大忙しだった

何かお手伝い出来ればと思いエプロン持参で来たのだが
実際のオペレーション確認とスタッフトレーニングには返ってお邪魔になるような気がした

焙煎とハンドピックを数窯お手伝いし、早めにホテルにチェックインを済ませ
レセプション当日に改めてお伺いすることにした

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レセプション当日の朝一番、私たちは仙台市の南東部にある今泉にいた

私が借りていた一軒家は更地にされ砂利の駐車場になっていたが
ご近所の様子は特に変わりなく小中学校もそのまま無事だった

土盛りの高速、仙台南部道が防潮堤の代わりとなったらしく直接の浸水は防げたようだ

しかし高速道路をくぐり海岸線の幹線路を走ると風景は一変した
海水浴場で賑っていた荒浜は住宅も松林も地区ごと流され見る影もない

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仙台港周辺は大型店舗が立ち並び復興が進んでいるようだが少し住宅地に入ると未だ仮設住宅が残っていた

多賀城から泉方面に向かう途中で道に迷い細い路地を思うがままに車を進めたら岩切駅の近く
ここから利府のグランディー21は近い、繁盛店のパン屋さんでお土産でもと思い高台をかけ上がる

陸上競技場のスタジアムから室内プール、アリーナを見下ろし深呼吸でリフレッシュ
後で思い出したが震災時に宮城で最大の遺体安置所となったのが、グランディー21

競技やイベントも無く人影もまばらの、だだっ広い風景を見渡しながら
きっと誰かが私を引っ張って来たのだろう、決して忘れない、風化させてはならない、そう考えた

「人と街を彩る」 コーヒーカラーズのコンセプトだが・・・

復興を目指す被災地の近くに明日オープンするフラットホワイトコーヒーファクトリー
彼らが宮城で福島で元気に人と街を彩ることをサポート出来れば私としても本望である

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レセプション開始の12時から続々とお客様が訪れた

昨夜は深夜1時過ぎまで仕込みトレーニングとミーティングが続いたようだが
剛社長もミッキーもスタッフ全員が疲れた様子も見せずにテキパキと対応していた

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昨年の2月に青森で始めてお会いした剛社長の奥さんとも1年半ぶりに再会
「あの日から全てが始まったんだよな」と剛社長が感慨深げにつぶやく

ミッキーの奥さんと可愛いBOYにも始めてお会いできた
私の目からも見る見る体が絞られるミッキーを一番心配しているのは家族だと思う

無理をするなと言っても無理なのは誰も分かっているのだが
今日と明日そして目の前の週末を何とか無事にこなしたら少し体を休めて欲しい

先々週にお伺いした時に私がプレゼントしたカットバックしたコーヒーの木が美しい新緑の若芽を出していた

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今年の一夏で緑の若葉を茂らせ1年2年と成長し続け、数年後には真っ白な花を咲かせ
真っ赤なコーヒーチェリーの果実をつけることだろう

天井の高い店なので出来るだけ大きな鉢に移して人の背を超える店のシンボルとして
事業の継続と繁栄を見守り続けてほしい



その日のうちに青森に帰り翌日の朝、昨日の帰り際に剛社長から頂いたコーヒーの紙袋を開けると

「木村さまへ」と書かれた茶封筒が、中には足代としてだろう私からのご祝儀以上の金額が

インディーズロースターのパートナーとして金銭目的では無い対等の関係をお願いしてきた
焙煎豆もサンプルローストも仕入や焙煎指導も全て原則実費のみをご請求する約束である

しかも今回の仙台行きは半分がプライベートだったので本来はお返しすべきなのだが・・・・

剛社長もミッキーも事業が軌道に乗り一段落したら是非一度二度と青森までご招待しよう
良い報告を聞きながら楽しい一時を過ごし新たな夢への挑戦を語り合おう

これからの末長いお付き合いを続ける為、その時まで今回は一時お預かりしておくこととした

我々も徐々に力をつけてロースターやバリスタの各種セミナーや大会コーヒーの原産地への旅行など
近い将来にご一緒しながら共に夢の続きを一つ一つ実現して行こう

平成25年7月25日 木曜日 大安吉日 

この日から、仙台の、東北の、日本の新たなコーヒーシーンが始まった!



PS.今回の第10話でFWCF誕生までの物語りを終了します

終わりと言っても実際はスタートしたばかりなのでお近くの方は必ず一度二度とご利用下さい

遠くの方も仙台に行くことがあったら必ず立ち寄って下さい

そして近隣にお住まいの皆様、近くに真面目な良いコーヒー店が出来ましたよ!

この店のコーヒー豆は貴方と貴方の周りの大事な人々を必ず幸せにします

本当です私が保証します
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by coffeecolors | 2013-07-25 17:22 | コーヒーカラーズ物語
2013年 07月 10日

弟9話 5年ぶりの仙台

2008年3月に退職し離れた仙台  あれからもう5年と3ヶ月

コーヒーカラーズを創業し年中無休で走り続けた

店の営業、催事場販売、コーヒーセミナー等で弘前や八戸に出張することはあったが
1日中店を留守にして県外へ出かけるのは初めてだ

早朝5時前から開店準備を終え、今回の出張スタッフ2名と合流し仙台まで車で移動

荷台には4種類の生豆と今年の春にカットバックし元気に発芽し始めたコーヒーの木
を積んで目的地は仙台市泉区のフラットホワイトコーヒーファクトリー

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毎日のように送られて来るメールや画像でお馴染みの風景だったが、見えないところで
遅れている工事を自分らの手で必死に進める剛社長始め若いスタッフの姿があった

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中で出迎えてくれたのが事業の最高責任者でありロースター&バリスタのミッキーこと中澤美貴氏
今回の遠征の目的は彼のロースターとしての本格デビューをサポートすることである

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彼は既にギーゼン焙煎機のローストを何度も繰り返し独自のプロファイル作りに着手していた

試作段階と言うことで少量の1kg焙煎を繰り返し基本操作と温度プロファイルのデータを
とり続ける中で「コーヒーカラーズさんの温度と全く違うんです」との報告があった

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私は先ずこの焙煎機の温度センサーの位置と熱源の調整、そして排気のバランスをチェックした

そして一度目は試運転用に仕入れたコマーシャルコーヒー豆を3kgお借りしてこの窯のレスポンス
をチェックしたところ、少々排気が弱いかな? エアーの温度と品温の差が気になる? 

そして煎り上がりのコーヒー豆の状態とテイスティングからいくつかの疑問に対し仮説を立て
カラーズスタッフと対策の案を模索した

そして実際の焙煎で最も効果的と思われる5kg焙煎で排気ファンの回転数を徐々に上げながら
エアーと品温のバランスの良いプロファイルラインをイメージし彼に伝えた

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結果は一発でジャストミートだった

コーヒーカラーズの焙煎を一手に担う自称工場長のO氏がミッキーの手元のノートと
ポイントとなる時点での温度データを見比べて

「1ハゼも煎り止めも全く同じ感じですネ」と言った

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その後は、もっとクリアーでスムージーに!  

煎り止めのピンポイントは?  

火力の微調整のタイミングを変えて!  

あっという間に5kg焙煎を5バッジ連続で25kgのコーヒーを仕上げた
焙煎機の違いはあるものの突き詰めると原理原則は全て同じだった

後は生豆の持つ個性を把握しその魅力を最大限に活かし引き出す
「焙煎方法は豆に聞け」を会得すればフラットホワイトコーヒーファクトリー
唯一のブランドとなる

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短い時間だったが本当に楽しく有意義な時間だった
ミッキーは早速焙煎した豆を福島で営業する3店舖に届けると言った

お客様の美味しいが今までと全く違う次元の嬉しさがありますよ

何故ならその声はフラットホワイトコーヒーファクトリーの焙煎士 中澤美貴に
直接かけられた賞賛であり独自の新たなブランドですから

今月中には再びお伺いしたい、店の完成と商品として提供し販売されるコーヒー豆
をこの目で確かめるために

そして皿洗いでも雑用でも何でもサポートしながらフラットホワイトコーヒーファクトリーが
華々しくオープンするすの現場をこの目にしっかりと焼き付けたい

共に成長する東北発インディーズロースターのパートナーとして

新たに生まれた良きライバルとして本物のコーヒーを仙台と青森の二拠点から発信し続けたい



PS.ラストの第10話は ついにオープンFWCF仙台 の予定ですが未だ正式なオープン日が決まっていません

店舗が完成しオープンが決まったらお伺いして最終章第10話をリリースします
  
  多分、もうすぐです
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by coffeecolors | 2013-07-10 19:18 | コーヒーカラーズ物語
2013年 07月 03日

第8話  我々が目指すコーヒーの新時代とは

コーヒーカラーズは昨年の6月から約1年間、キオラガーデンへの委託焙煎供給をした
焙煎量はすぐ2倍以上に膨れ上がり朝一番からランチタイムも、時には夕方まで焙煎機は回り続けた

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週2回のペースで供給したことから鮮度は格段に向上したと思う
生豆の品質も通常のスペシャルティーグレードはもちろんCOE国内選考会用ロットである
ナショナルウイナーもブレンドの主力として採用した

焙煎度合いも当店と同じローストから始めミッキーからの細かなリクエストに答え数段階の
サンプル焙煎から使用メニューに合わせたベストの選択を模索した

東ティモール、パプアニューギニア、ルワンダ、有機JASのメキシコデカフェ等々の新たな生豆の
ブレンドも積極的に取組んだ

福島でも生豆のサンプルを取り寄せ私が送った手網の銀杏煎りを駆使してテイスティングを重ねていた
焙煎の原理を知る上で原始的な手網焙煎を経験することはとても意義がある

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インディーズロースターとしてのデビューを前に半年以上の工事の遅れは決して無駄ではなかった
いや、本物のコーヒーを追求する上でとても大事な貴重な時間になったと私は考える

今我々が目指すコーヒーとは、そして次に我々が目指すべきコーヒーの新時代とは・・・

本来ならばオープンを予定していた真冬から春先にかけて、事業の足元を深く掘り込む試行錯誤が続いた

私は次のステップとして「スペシャルティーコーヒー専門」という肩書を外すことを彼らに告げた
スペシャルと言う言葉には特殊、独特、特有、専門、専有、臨時、特使、特電 つまり普通じゃないってこと

確かに世界に流通するコーヒーの僅か10%未満のスペシャルティーグレードコーヒー生豆は
特別なモノであることに間違いはない

但し、残りの90%以上の中には輸出されない現地消費コーヒーやインスタントコーヒーや缶コーヒーの
加工原料、価格訴求のドリップオンや市販レギュラーコーヒー市場等のビックマーケットが含まれる

高品質コーヒーの栽培は生産者の所得や生活を向上させ更なる品質向上と栽培量の拡大を実現するだろう
将来的にスペシャルティーグレードと低価格品との二極化が予測される

高品質のスペシャルティーと加工原料としての価格訴求品に分かれスペシャルティーのシェアは
今後も20~30%と増えて行くだろう

実際にコンビニやファーストフードでも100円台のスペシャルティーコーヒーを売りにしている
企業が最近急増している

米国のコンビニのコーヒー売場
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この現象はスペシャルティーの本質的な概念とは全く違うのだが・・・
「種子からカップまで全ての工程でベストを尽くした」 

香味スコア80点以上のスペシャルティーコーヒー生豆さえ採用すればコンビニでもファーストフードでも
ショップ店員がマニュアルに沿ってマシンを操作し紙カップで提供するコーヒーが本物なのだろうか

企業の経営者や店舗管理のマネージャーがベストを尽くしたマニュアルは
はたして「全ての工程でベストを尽くした」の認識と価値観を共有するのだろうか?

結果は全てカップの中にある

つまりお客様がスペシャルだと思えるコーヒーがご提供されているのか肝心なのだが
その判断、つまり正しいテイスティングが出来る消費者がどのくらい存在するのだろう

コンビニやファーストフード店の提供されるコーヒーと我々インディーズロースターがストイックなまでに
真面目に真剣に取り組んだコーヒーがスペシャルティーという言葉で同等に扱われるのであれば

私は敢えてスペシャルティーと言う冠をコーヒーカラーズから外したいと考えた

「コーヒーカラーズのスタンダードはスペシャルティー」

スペシャルティーグレード生豆原料の香味特性を最大限に活かした焙煎加工を施し
徹底した鮮度品質管理の下、焙煎したて、挽きたて、淹れたてでコーヒー本来の魅力を最大限に引き出す
これがコーヒーカラーズのスタンダード、つまり標準基準である

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このコーヒーカラーズのスタンダードが卸先のレストラン、ホテル、カフェ、喫茶店を通じ
この街のコーヒーのスタンダードになることが私の希望であり目標である

そして仙台でもフラットホワイトコーヒーファクトリーが新たな核となりスペシャルティーを
スタンダードに変えて行く、そのことはカフェ嗜好文化の水準をボトムアップすることになる

イメージして頂きたい、何気なく立ち寄った街のレストランや喫茶店で普通に注文したコーヒーが
とびっきり新鮮で美味しい専門店以上の香味だとしたら

逆に高級なホテルのラウンジで1杯1000円のコーヒーがコーヒーメーカーの
ウォーマー煮詰まったお馴染みのコーヒーだったら

提供する側が一番恐れているのはお客様の声である、お客様の嗜好や感性のレベルを上げることで
正しいお客様の声が地域に広がり、正しい評価がされる環境が成熟すること

そのことこそが真面目に真剣に取組むコーヒー職人たちの評価に繋がり良いコーヒーが普及し
悪いコーヒーが淘汰される、そんな新時代コーヒーの扉をと開くだろう

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本物を届ける、届け続けることは簡単なことではないが本物を知る、正しく評価するお客様さえいれば
そのお客様の輪が広がれば支えられ励まされながら続けることができる

スペシャルティーグレードの生豆を使用したと言うことだけでスペシャルティーコーヒーを詠う
缶コーヒーやチルドコーヒー、コンビニやファーストフードの挽きたて淹れたてコーヒーは本物だろうか

本物の定義やスペシャルティーの定義については正に認識つまり価値観の違いである
コーヒーのマーケットが広がり多様化する中でこの価値観を固め守ることは困難であろう

しかしながら我々ロースター&バリスタはモノズクリの限定回帰とも言える昔ながらの
徹底的な現場主義でコーヒー本来の魅力を最大限に活かし提供することを使命としたい

青森と仙台の毎日のコーヒー、普段の普通のコーヒーが、とびっきり上質で新鮮なスペシャルティー
だけど、お手軽にリーズナブルに入手出来るお気に入りのロースターカフェのスタンダード

そんなコーヒーのホットスポットを東北に全国に広げインディーズロースターのネットワークで
日本のコーヒー美味しくお手軽に楽しんで頂ける新時代を彼らと共に切り開きたい


PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-07-03 18:21 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 29日

第7話  日本版インディーズロースター

アメリカシアトルからポートランドに広がったコーヒーの新時代を牽引するのがインディーズ
彼らが創る第3の波サードウエーブは世界のコーヒーの概念を大きく変えて来た

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しかし日本ではかなり前から自家焙煎で産地や等級別のコーヒーをテイスターのごとく楽しむ
文化が芽生え独自の広がりを見せていた

現にアメリカのインディーズ達が注目したのは日本の単品1杯おとしの器具や抽出方法だった
お茶の文化の流れから派生した感性と相まって日本でガラパゴス化し進化続けたのだ

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「コーヒーの品質や香味をワインのように語る」
従来プロのカッパーが上澄みを吸い込んでは吐き捨てシートに書き込むスコアやコメント

その香味を探り自らの焙煎で表現する焙煎店主と難しい蘊蓄を傾けながら集うコーヒーマニア
私の目から見ればサードウエーブの素地は30年以上前から既に日本にあったような気がする

変わったのは生産地の情報や品質、香味の情報が透明、明確化したことだろう
同時に不公正貿易や環境破壊、不当労働の実態を目の当たりにすることで垣間見る危機感

良いコーヒーを来年も10年後も100年後も持続継続的に残し育てること
その為には関わる全ての人が公平公正WIN WINの関係を目指すべきである

そのような考えからサスティナビリティーという大きな傘の中に、原産地の農業文化から
消費地の嗜好文化までを包み込むことが必要である

具体的には生産者の生活を保障し豊かにするフェアートレードや自然環境保護に貢献する
各種認証コーヒーの普及等はスペシャルティーコーヒーの概念が生んだ大きな成果だと思う

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コーヒーの品質や香味がいくら優れていても、その魅力を正しく引き出す焙煎技術と鮮度管理
更に抽出提供するバリスタや飲食店スタッフがいなければカップでの表現は出来ない

豆を購入されたお客様でもご自宅や職場で適切に保管し挽きたて淹れたてで丁寧に扱わなければ
その魅力は半減してしまう

スペシャルティーコーヒーの概念である「種子からカップまで全ての工程でベストが尽くされた」
このベストとはそれぞれのレベルは違えど常に向上心をもって1つ上を目指す事が求められる

そんなストイックなまでにコーヒーに惚れこみ、より良いコーヒーを志向し組織や系列の影響下では
中々出来ないことを独立して求め続けるのが、私の考えるインディーズロースターだ

一口にロースターといっても、焙煎機、焙煎者、焙煎店、焙煎会社、焙煎企業全ての総称なのだが
単に焙煎機や焙煎する人はロースターで良いと思う

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では小規模な個人の個店の窯で自家消費と店頭豆売り程度なら マイクロロースター

大手メーカーや自社焙煎でコーヒーショップを展開する企業は メジャーロースター

その傘下系列に属し生豆の供給や指導を受けるのが マイナーロースター

何れにも属さず自身の判断で自由な買付けや焙煎加工、事業展開をする独立系の焙煎者が
私の考えるインディーズロースターである

貿易上の規制や市場規模等の事情で海外のインディーズとは規模も輸入買付け方法も全然違うが
環境や条件が違うだけでマインドは同じだと思う

ミッキーも剛氏も当初は私からの指導と生豆供給を望んだが、それでは何とか系列のマイナーロースター
と変わりないと伝え共にインディーズロースターとして歩むことを勧めた

彼らの魅力は広い世界に人脈を持ち語学で渡り合えるグローバリゼーションである

現にミッキーはハワイに国内コンテスト入賞農園の生豆供給ルートを繋ぎつつある

剛氏も経営者として将来的にカッピングやCOEセミナーに参加すればNZ仕込みの
コミュニケーション能力を活かす事が出来るだろう

その人脈や能力はパートナーとして支援し合う私どもコーヒーカラーズの大きな財産になる

だから最初からお互いが平等で対等な相互協力関係で東北発の日本版インディーズロースター
のネットワークを創ることを目的として生豆供給を断り同等の条件で直接取引できる環境を目指した


烏合の衆の集まりではなく  独立した狼集団  ロンリーウルフの道を進むことを



PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-29 12:58 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 28日

第6話 東ティモールコーヒーとの出会い

最初にミッキーからリクエストがあったコーヒー豆、それが東ティモールだった
パプアニューギニアや東ティモールは距離的にも近いことからNZではとてもメジャーとのこと

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当時、東ティモールへの私の印象は独特の苦みと甘み若干のフルーティーさはあるのだが
雑味と言うか、重みというか、独特のアフターテイストが気になり導入を敬遠していた

後で気づいたのだがカネフォラ種ロブスタ、つまりインドネシアから持ち込まれたロブスタと
オランダ人が持ち込んだアラビカ種ティピカが長い戦乱で放置された農園や山中で自然交配した

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それが世界初のハイブリッド種であるハイブリットティモールだ
その後、サビ病対策としてコロンビアの主力品種となるヴァリエダコロンビアとなる

栽培する組合や輸入販売する団体からは
アラビカ種(ハイブリットティモールとも言われるが正式な調査はしていない)と書かれているが
私はどうしても気になったあの重い雑味はロブスタのDNAであることを確信した

ミルクシュガーを入れて飲むと昔ながらの缶コーヒーの味がした
これはこれで美味しいのだが・・・  

私が伝えたいクリアー、スムージーなスペシャルティーコーヒーとは明かに違っていた
そんな私のパラダイムを大きく変えたのがミッキーの一言だった

エスプレッソにすると旨みと言うか、円やかさと言うか、とにかくフラットホワイトには欠かせない
そこで急遽サンプルを取り寄せ、先ずはそのままテイスティング

やっぱり、苦みと雑味、重い後味はロブスタのDNAを感じる
しかしエスプレッソでその印象は一転した、旨い、円やかだ、ラテに最高に合う、まるで魔法だった

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従来のエスプレッソと飲み比べると突出した酸が中和され明らかに相乗効果が感じられた
今までのエスプレッソが金属的な酸を感じる程、印象が変わってしまったのだ

イタリアやヨーロッパ各地では今でもエスプレッソ用にロブスタを配合する所が多いと聞くが
この中和効果を狙ってのことだったのだろう

ロブスタを直接使うことには未だ抵抗はあるが、このコーヒーなら主力として配合出来る
フレンチにしてアイスコーヒーのブレンドにも使えるのではないだろうか

その予測は的中していた、従来はキレのある香味を目指しタンザニアフレンチでアイスコーヒーを
提供していたが東ティモールとブレンドすることでコクとキレのバランスが取れ各段に向上した

そして我々がこのコーヒーを主力品として本格的に導入することになったもう一つの理由が
民際貢献として同国やスリランカ更に日本でも宮城県石巻で復興支援として活動するパルシック

彼らが長年かけて農業支援しフェアートレードし続けているのが東ティモール マウベシ郡生産者組合
「日本人が必ず飲まなければならないコーヒー」としてコーヒーカラーズも昨年から取組んでいる

詳しくは 豆豆倶楽部通信NO8 → こちらをクリック

欠点と思える事も個性を認め尊重すること、選択し排除するだけではなく
可能性を活かす方法を考えることが東ティモールの子供たちの笑顔と明るい未来に繋がる

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このような新たな価値観の創造こそが次世代のロースター&バリスタに求められる感性だと思う

日本から遠く離れた南半球のNZカフェカルチャーを知り尽くした

ミッキーから教えられた新たなバラダイムの大転換だった




PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-28 15:45 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 27日

第5話 オランダの最新鋭ギーセン焙煎機の導入

ミッキーがNZでコーヒーカラーズのHPトップページに喰いついたのは
自身がマネージャーを務めたシエラ社と同じ赤いボディーのディードリッヒ焙煎機だった

後で聞いたのだが以前、渋谷にあるディードリッヒのトレーニングルームに行って
テストローストした経験もあるとのこと

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ミッキーも剛氏も最後の最後まで悩んでいた

その時ディードリッヒ日本の総代理店の社長から勧められたのは以外にもギーセンという焙煎機だった
元々世界NO1のシェアを持つドイツのプロバット、その小型窯を下請するオランダのメーカーだったが

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昨今のサードウエーブブームで世界的に10kg以下の焙煎機が注目を浴び大手メーカー向けの大中サイズが
低迷する兆しからなのか、プロバットからの下請け契約を打ち切られたのだ

ドイツ プロバット エメリッヒ工場
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ギーセンは長年培った小型窯の技術の粋を集結しプロバットへのリベンジをかけて自らのブランドとして
徹底的なブラッシュアップを施し新メーカーとしてリリースしたのである

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彼らもまた世界シェアNO1の巨人プロバットにリベンジをかけて新たな船出をしていた
日本ではノーザンコマーシャルがギーセンジャパンとして販売を手掛ける

同社はディードリッヒを日本に広め普及させた唯一の正規代理店なのだが
事情があって今後の新規販売は全てギーセンを推し一部の中古品とメンテナンスのみ継続するらしい

問題はあまりに対照的なフォルムにあった

シンプルかつスタイリッシュに機能性を追求したディードリッヒ、そのフォルムはプロバットに通じるが
それに対しギーゼンは鋳物で覆われた重厚感、高級感あふれるクラシカルな佇まいだった

ディードリッヒコーヒーロースター(コーヒーカラーズ青森ベイブリッジ工房)
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プロバットコーヒーロースター
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クラシックの機関車を思わせる独特な雰囲気は古き良きヨーロッパの全盛期を彷彿とさせる
プロバットと明らかに一線を画す事がギーセンのブランディング戦略なのだろう

窯の金属や強力なバーナー、特殊なダクトでの排気システム申し分なく甘く柔らかな仕上がりが特徴だ
機能性とパフォーマンスは確かで正に世界でも注目の最新鋭焙煎機である

当初ミッキーの感想は  高級サロンのようなカフェでスーツと蝶ネクタイで焙煎する感じ・・・
ジーンズにTシャツの俺と剛には合わね~な~

しかし、日を追うごとにあのクラシカルな佇まいが気になる
あの雰囲気を包み込むクールでお洒落な空間があれば、新感覚のファクトリーカフェが出来るのでは?

確かにディードリッヒは仙台市内に既に数台設置されており新店舗候補地のすぐ近くにもあった
仙台初の名を冠するにはギーセンが良い、更に一見アンマッチな感じに見えるが料理次第では面白い

FWCF仙台店内 6月27日現在の様子
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そして「ギーセンに決めました」という報告を聞いた頃には私の心の中にも「うちも次はギーセンかな」
そんな思いが芽生えていた

ギーセンセミナーの様子
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真剣に焙煎する参加者
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オーナー社長のギーセン氏
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巨人プロバットへのリベンジをかけ世界に向けて船出し始めたギーセンと
本物のコーヒーで日本でのコーヒービジネスへの復帰とリベンジをかけたミッキーと剛氏


偶然のようなタイミングでの出会いだったが、私はその姿に共通の精神を感じていた



PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-27 19:59 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 27日

第4話 新天地は仙台

剛氏と深夜まで話したあの夜から数日後
朝、メールを開くと見慣れない名前が 中澤美貴 ナカザワヨシタカ ?

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「お世話になります」のタイトル  あのミッキーが NZからの初メールだった
剛氏からの報告でいてもたってもいられない様子がビンビンと伝わってくる

バリスタ一筋のミッキーが剛氏の情熱に支えられ、本物のコーヒー創りを目指して日本に
帰国しロースター&バリスタとして本気で取り組むことが熱くピュアに書かれていた

ミッキーのことは間接的にだが聞いていた  

あのタリーズ創業に奔走しパートナーからの裏切りとも思える酷い仕打ちに自ら身を引いて
新天地NZで永住権を取得しバリスタや飲食店経営、そして不動産業をしていること

たまたま見た彼のブログ「バリスタミッキーNZ Cafe放浪記」内容は驚きの連続だった
NZでの震災のこと、福島での事業のこと、そしてタリーズ創業秘話

私もいつしか剛氏と同じくミッキーを本物のコーヒーで、日本でリベンジさせたいと考えていた
仕返しという意味では無く、全く次元の違う新世代のコーヒー事業で大来な成功を収めることを

そしてその事業の新天地は仙台

剛氏とミッキーは拠点である福島の復興のために引き続き頑張って行く事には変わりは無い、が
新規事業を興し育て展開するモノ作りの拠点ファクトリー&カフェはメイドイン福島では難しい

会社存続の将来をかけた大きな挑戦に感情的な判断は許されない
そんな思いから私と別れた彼の足は仙台に向き、新天地の可能性を探していた

中心街の空き物件、ロードサイドの倉庫や古民家、稼働していない工場跡、時には被災地の
沿岸近くまで足を伸ばし新事業の候補地を探し回った

皮肉にも、その頃仙台の中心市街地は復興バブルの最中だった

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国分町は毎晩クリスマスか年末のような盛り上がり、全国からの支援や大型の復興予算獲得の
ために建設業界を中心に取巻き業者が群がっていた

沿岸部から比較的、被害の少なかった内陸部への移転が相次ぎ家賃や地代も高騰した
建設の資材や作業員も不足して正に建設バブルの様相を見せていた

「早く決めなければ」そんな焦りの中、慎重に冷静に物件を探し求める新事業のビジョンを
探り続けた彼の目に150坪位の空き地が映っていた

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早く安く中古物件を選択するのが普通だが彼は別のことを考えていた
新築物件、中途半端なロケーションや雰囲気で妥協して高額の賃貸料を払い続けるより・・・

彼は夢中で見積を集め資金や融資を元手に事業計画を作り経営目標と試算を繰り返した
そして彼らがイメージする最善の物件を新築で建てる決心を固めたのだ

今、考えるとその判断は正しかったのだが  それは新たな生みの苦しみの始まりでもあった

9月には用地を決めて建築申請を提出したのだが震災復興の最中で手続きが進まず
ようやく着工した時点で引き渡しは1月下旬から2月頃との報告があった

しかし、事態は日を追って悪化し冬が終わり、春が来ても工事は進んでは止まりの繰り返しだった
普通の精神力では持たない事態だが剛氏もミッキーも、その時間を一刻も無駄にしないように頑張った

コーヒーの基礎知識から歴史、哲学、化学や薬学等の周辺情報まで興味を示し質問して来た
私もお勧めの書籍やテイスティング用の新豆、そして原始的な焙煎を体験できる使い古しの手網も送った


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ミッキーと剛氏の共作DIY、入魂のブリックタイル
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床の仕上げも自らの手で
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待望の家具搬入、雲の隙間に夏の青空が
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そして、等々あの嬉しい報告が来た

「7月中旬にはオープン予定です、ギーセン焙煎機が来たら一度仙台でご指導お願いします」
構想から1年以上、当初のオープン予定から半年以上、長い 長いトンネルを今やっと抜けようとしている


私の頭の中を長淵剛の歌の歌詞が頭をよぎった

「突き抜ける自由は、がんじがらめの不自由さの中にある」



PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-27 07:49 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 26日

第3話 本物のコーヒーを目指して

2012年2月 福島から悲しい知らせがあった

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いわき営業所時代の部下で当時コーヒー担当者として半強制的にコーヒーを叩きこんだK君
家族をいわき市に残したまま単身赴任中1人福島の自宅アパート玄関で倒れそのまま・・・

実家も宮城の沿岸地区だった  44歳という若さで
きっと色んなことが重なって 重なって 彼の心と体を痛めつけたのだろう

中南米エルサルバドルの視察に選任され目を輝かせて報告してくれたあの顔が
休日返上のコーヒー即売会、応援に駆け付けた奥さんと小さな子供たちの笑顔が 忘れられない

その2日程前に福島から2組のお客様がご来店された 

午前中はいわき市から以前、大変お世話になった経営者の方、外食店を数店経営しており
新鮮で安全な野菜を求めて青森まで足を伸ばしたとのこと

そして午後は始めてのお客様、大柄でラフなスタイルだが丁寧に名刺を渡された
株式会社キオラガーデン代表取締役社長 小松剛 三春町に本社を置き福島市にカフェを経営中



本物のコーヒーを求め全国のロースターカフェを巡り勉強中とのこと
コーヒーカラーズのコーヒー創りに興味があるらしい

短い時間だったが私の考える良いコーヒーの品質、技術、鮮度管理についてロースター
バリスタを育成し本物のコーヒーを普及啓蒙するスペシャルティーコーヒーの世界について

カウンター越しに話したが、かなりの強行スケジュールらしく帰りの新幹線の時間となり
名残惜しそうに慌てて帰られた

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そして翌日、本物のコーヒーについて本気で取り組みたいとのメールがあった

キオラガーデンは「本物を届ける」を理念に掲げ良質の素材や調理方法で安心安全そして
美味しい「食」を提供することで地域社会に貢献することが使命と考えている

当時NZに住むミッキーが新たなスタイルを模索しネットで検索中に先月アップしたばかりの
コーヒーカラーズのHPを見て何かを感じたらしい

早速、福島の剛氏にそのことを伝え、素早い行動力で私を訪ねたとのこと
そして間もなく2度目の来青、今度は一泊で十分な時間を確保しての訪問だった

コーヒーカラーズ新町店の営業終了後、たまに薪ストーブのパチッパチッと爆ぜる音だけ
深夜までこれまでのこと、これからのこと、全てをさらけ出して話し続けた

『本物を届ける』という理念は一見当たり前のことのように思われるかも知れないが
真面目に真剣に取組む程にその意味の深さと、取組みの難しさを実感するだろう

日本でのカフェ事業に向けて彼らが選択したコーヒーはNZロースターコンテストで金賞に
輝いた経験を持つマックスコーヒーのベン氏への委託ローストだった

オーガニックの高品質豆をミッキーの細かなリクエストで日本人向けにベストローストで
輸出しケリケリとネットショップで販売することでNZをコンセプトとした展開を目指した

しかしベストローストした焙煎豆は日本に着くころにはギトギトに油が浮く
焙煎度合いを抑えたベターローストでは油浮きは抑えられるが狙った香味が出ない

更に輸入のコストを考えると一度に送る焙煎豆の量が多くなり消化までに数カ月掛かる
ことからドリップしても膨らまずエスプレッソのクレマも薄くなる

真剣に取組む程にNZとの距離が問題であることが明確になった

20年前なら何とかなったのかも知れないが、もはや日本でもスペシャルティーコーヒーを
前面に打ち出した専門店が次々と出現し雑誌もメディアもアメリカ発のサードウエーブ
第3波のコーヒー新時代を取り上げ始めていた

その夜、剛氏は私にコーヒーカラーズへの委託焙煎を依頼して品質と鮮度の向上を目指したい
との話だったが・・・

突き詰めて考えればNZが青森に変わっただけでないだろうか? 
そんな疑問を突き付け「自分で焙煎したらどうだ」と焙煎工房併設のロースターカフェ提案した

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「そんなことお願い出来るんですか?」と驚いた剛氏は自家焙煎の可能性を模索していたことや

本物のコーヒーを極めたいとの意向を、堰を切ったように話し始めた




PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-26 09:49 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 25日

第2話 カフェ&ベーカリーケリケリ誕生

キッカケは突然だった

剛氏の父親が経営する福島にある老舗の味噌醤油醸造会社を売却清算するとのこと
その際に1店舗の外食レストラン事業だけは息子の将来のために残したらしい

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私はこの話に何か運命的なモノを感じていた  あれは確か2006年の冬だった

仙台の業務用食品卸会社の商品部でバイヤーをしていた時、以前関東時代にお世話になった
大手醤油メーカーの本部長さんが訪問され「実は今度、こちらの会社も見ることになって」

頂いた名刺には福島の老舗醤油メーカーの取締役社長と書かれていた

あの時の買収先だったのか・・・

私は仙台の本社に移る前、福島のいわき営業所に居り郡山支店、福島営業所、会津営業所
は同じ管内にあり頻繁に出入りしていたので福島には妙に親しみと感じる

剛氏は帰国の条件としてミッキーとの日本でのコーヒービジネスを申し出た
日本で コーヒービジネスで ミッキーをリベンジさせたいとの思いからである

先ずは2008年株式会社キオラガーデンを設立し既存のレストラン事業を存続した

次にNZのコーヒーメーカーであるシエラ社とマックスコーヒー社のコーヒー焙煎豆
を販売するフラットホワイトJPを設立し輸入とネットショップを開始

そして既存のレストランに加え福島市内中心部の商業施設内に姉妹店1店と新規事業の
NZスタイル カフェ&ベーカリーケリケリを2010年11月オープンさせた

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ミッキーもNZから福島に入り無事オープニングを終え年明けの2011年5月からは日本に
帰国し事業への本格参入と展開を目指していた最中のこと

先に揺れたのはNZだった 
2011年2月22日M6.3の大震災がNZ第2の都市クライストチャーチを襲ったのだ


幸い当時ミッキーはオークランドに住み日本帰国に向けた自宅の売却についてカフェで
商談中だったが当時勤めていた不動産会社の拠点がクライストチャーチ

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土地の流動化や建物の破壊破損等の処理に翻弄され日本への帰国がままならない状態の
2011年3月11日 忘れもしないあの東日本大震災が発生

福島のパートナー剛氏とは携帯もネットも店舗電話も全く通じない・・・

ようやく地震の全貌が明らかになり始め、その被害の大きさに驚いている最中
更に大きな衝撃が福島原発事故だった

放射能という魔の影はその後の彼らの事業を延々と苦しめ続けることになるのだが大震災の
翌月4月8日のブログでミッキーは必ず日本に帰り福島の復興に参戦する決意を書き綴っていた

しかし事態は日に日に深刻化し私が以前住んでいたいわき市や営業所の担当エリアだった
浜通りはまともに全域が地震と津波と放射能の被災地域である

更に放射能の拡散エリアが当時の風向きや地理条件等で複雑に内陸部に広がりを見せた
ことから福島県全域が風評被害を受ける事態になった

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大型観光施設に併設するバイキングレストランは一番の稼ぎ時でも人は来ない
福島の中心市街地は子供の姿が無くなり高齢者と働くお父さんだけが残った

スタッフの中にも親や親戚を頼り子供を連れ県外に避難移住する人が続出した
オープン半年も満たないカフェ&バイキングケリケリは深刻な存続の危機を感じていた



PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-25 08:39 | コーヒーカラーズ物語
2013年 06月 24日

第2巻  第1話フラットコーヒーファクトリー誕生まで

フラットホワイト  最近カフェの専門雑誌等で良く聞くようになったが
オーストラリアやニュージーランドのオセアニア地域で愛飲されるコーヒードリンクらしい

一見カフェラテと同じような感じだが、コーヒー感がやや強くミルクは少なめ
そのミルクフォームが究極にシルキーでベルベット、ヌルッとした粘りのようなものさえ感じる

そのフラットホワイトを日本に伝えようとNZからの輸入コーヒーとカフェ事業を始めたのが
今回の主役であるミッキー中澤こと中澤美貴氏とパートナーで若き経営者小松剛氏の二人である

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先ずはこの二人の出会いから紹介しよう

日本でも有名なアメリカシアトル発のコーヒーチェーンタリーズ ミッキーは第一号店を日本に
オープンさせた創業時の立役者であり共同経営者だった

彼が何故タリーズを離れることになったのかは、もうしばらくの間封印したい

ただ、その原因となった1つに当時のパートナーにはありミッキーに無かった英語での会話力
つまりグローバルな交渉力や正確な情報把握が出来ず翻弄された経緯がある

あの時、もう少し語学力さえあれば・・・

そんな思いから規定年齢の30歳を目の前に当時唯一ワーキングホリデーでの留学募集があった
ニュージーランドに渡ったミッキー

当時は語学力を身に付けたらアメリカに渡り、再度コーヒービジネスの最前線でリベンジしたい
そんな思いが強かったと言う

同時に日本の大学を卒業し更なる語学力とグローバリゼーションを身に付けるべく同じ学校に
留学した小松剛氏、その周りは未だ20代前半の社会人経験の無い若者が殆どだった

一方ミッキーは銀行マンとして金融の世界で経験を積み、輸入品の販売会社からカフェビジネスまで
パートナーと独立起業したが大きな挫折を抱えながら再起を目指していた

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学校内でも明らかに異質な存在だったが明るく大らかな性格から、すぐに若者達と打ち解けたという

ミッキーはNZで急成長のカフェチェーンにバリスタとして努めすぐにマネージャーまで昇格した

NZのコーヒーシーンは急成長期にあり成熟したカフェカルチャーが急速に広がりを見せていた
100件以上の自家焙煎ロースターが成長し淘汰され、質の高い商品とサービスが提供されていた

その頃には当初目指したアメリカのコーヒービジネスに対する疑問と言うかヘンな憧れでは無く
本物のコーヒーを探求したいという思いからミッキーは永住権を取得し不動産関連と飲食店を経営した

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剛氏はそんなミッキーの姿やコーヒーに対する思いに感化され人生のメンターとして彼を慕い10年間を
NZで友として過ごした

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コーヒーには全く興味が無く、最初はカフェに行ってもホットチョコドリンク位しか飲めなかったと言う


そんな剛氏が本物のコーヒーにのめり込み日本でNZコーヒー輸入販売会社、カフェビジネスの会社を起こし
更に私を訪ね自店ローストのできるコーヒーファクトリ事業を開始するまでの経緯と物語りをご紹介したい

正に「生みの苦しみ」壮絶とも思える過酷な環境下で明るく逞しく、今もうすぐ待ち焦がれたその第一歩を
踏み出そうとしている直前の彼らに微力ながらの支援とエールを送るために


PS この物語りは彼らから聞き、私は見た記憶だけを綴ったモノです
   事実と異なる事や私の思い違い、聞き違いも一部あると思いますが基本的にノンフィクションです

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by coffeecolors | 2013-06-24 13:09 | コーヒーカラーズ物語