COFFEE COLORS ロースター&バリスタ

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2013年 02月 23日

第4話 再び渋谷へ

深夜2時 青森市内、待ち合わせの場所に車で向かう

相手はS君、高校の1つ後輩で20代前半をスキーやサーフィンで
一緒に過ごしたが私の関東への転勤以降は数回しか会っていなかった

店舗BGMとセキュリティーの相談をしていたがコーヒーに興味があるらしい
「今度の土日月3日間東京に遊びに行かないか?」と誘ってみた

渋谷区の中でも都心とは思えない閑静な住宅街の中にN社はあった

一度目の訪問は3月、仙台から高速バスでボストンバックに生豆を詰め込んで
1人で伺いS社長と初めてお会いした

ディードリッヒ焙煎機のセミナー申し込みは会社名、所属、役職をそのまま
記載していたので東北の中堅ロースター企業の店舗開発担当者だと思ったらしい

「どの位のサイズの焙煎機をお探しですか?」と聞かれたが・・・

ディードリッヒ社は工場用大型の500kg近い焙煎機から
1kgのテストロースターまでラインナップがある

私は恐る恐る「実は、会社で使うんじゃないんです」と言いだした

S社長は、ちょっと驚いたようだが、そのまま続け
「私個人で小さな自家焙煎店をやりたいと思って・・・」

そしたらS社長の表情が一瞬に緩み「そうですが、それはそれは」
と妙に嬉しそうにほほ笑むのです

その後は時間を忘れてコーヒー業界の事やスペシャルティーコーヒーの
方向性や可能性、そして小さなコーヒー屋こそが良いコーヒーを作り広げる

そんな話で意気投合し、そのまま焙煎機のレクチャーに入った

そして今度は4月、青森に帰郷し自宅で開業準備を始めたが
開業準備中もコーヒー豆が欲しいので再度テスト焙煎のお願いをした

既にディードリッヒの契約は済ませていたので快く3日間も
ショールームを貸してくれた

一睡もしないまま初日、朝9時に事務所に伺ったところ
早速移動しましょうと前とは別のアトリエに招待された

マンション1階の1室だったが中に入るとディードリッヒ12kg焙煎機が
ドカッと鎮座しエスプレッソマシンが数台並んでいた

そして奥から挨拶に出て来たのが未だ20代後半かなと思うような
今時の若者、小柄だが妙に筋肉質でしまった体?

すぐには思いだせなかったが社長の息子さんKさんと紹介された

そうだ、2004年の展示会場でお会いしたあの若者だ

そして間もなく出されたカフェラテに驚いた

シルキーでベルベット、大理石のマーブルみたいな艶のラインハート
そして1口飲んだらコーヒーのコクとミルクフォームの素晴らしいハーモニー

それもそのはずスペインエキスポバル社の専任バリスタでSCAA
カッピングジャッジの資格を持つプロのインストラクターだった

私の今回の目的はディードリッヒでの焙煎で何種類かのプロファイルを試すこと
だったがエスプレッソマシンもいくらでも使って良いと言われた

最初はエスプレッソにはあまり興味が無かった

コーヒーの苦手な若年層の客様の取り込みに必要かな?と思ったくらいで
でも、本物のラテアートを目前にしてから少し考え方が変わっていた

何より影響を受けたのが同行したS君、本当は挨拶したら後は渋谷で
趣味の釣りアウトドア専門店巡りの予定だったが

目の前で熱く語られるコーヒー談議や焙煎機、エスプレッソマシンの
トレーニングにすっかり感化されたようで

気がつけば3日間ショールームに缶詰状態でエスプレッソマシンと格闘し
最終日になっても納得がいかない負けづ嫌いの2人はS社長にお願いし

デモ機の2連エスプレッソマシンとWBC世界大会公認グラインダーを
譲り受けそのまま自家用車の後部座席に積み込んで青森に帰りついた

青森の自宅に帰り茶の間の隣にある8畳の空き部屋にテーブルを重ねて
即席のカウンターを作りエスプレッソマシンを置いた

給水は20Lポリタンク、排水はバケツで専用のタンパーなんて青森の
何処を探しても見つからずインターネットで注文したが

しばらくはプリン金型の底を利用し1日10本以上の牛乳を捨てながら
ミルクフォームの特訓を続けた

「ロースター&バリスタ」コーヒー職人が作る世界水準の品質と香味

7月のオープンに向けマシンと格闘し続けた


次は第5話  ディードリッヒ ついに到着 に つづく




追伸、この物語はあくまでもフィクションとしてお読みください

あくまでも私のいい加減な記憶だけを書き綴ったものです

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by coffeecolors | 2013-02-23 09:02 | コーヒーカラーズ物語


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