COFFEE COLORS ロースター&バリスタ

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2013年 11月 17日

コーヒー屋と呼ばれるようになって、もう30年

初めて社会人として就職したコーヒー会社の配送営業時代から

コーヒーとの本格的な出会いは、記憶を辿ると中学1年生頃

当時、大学生だった叔父が帰省した時に淹れてくれたサイフォン

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知的な実験みたいで何かカッコ良くて・・・

すぐ真似して手挽きミルとサイフォンを買ってもらった

高校生になってからは、ろくに学校にも行かず街中の喫茶店に
たむろしていた

お蔭で、街ではちょっとした顔になり就職してからも飲食経営者
の皆さんに可愛がられ、すぐに田舎でトップセールスになった

19歳から26歳まで青森の街で、ぬるま湯のような環境で過ごしたが

その後、転勤した先が群馬県高崎市、市内と近隣に自家焙煎業者が
10社以上ひしめき合い大手企業焙煎会社も手を焼くほどの激戦地区

そこでの10年間が私にとって本物のコーヒー屋に生まれ変わった
とても貴重な日々だった

当時勤めていた東北の中堅焙煎業者など知名度ゼロの激戦地区で
焙煎豆を売るのは至難の業だった

目の前で焙煎したての高品質コーヒーが普通に取引されている
メーカーのブランドで買うのではなくオーダーメイドの委託焙煎

当時、私は考え方を改め焙煎豆のコーヒー屋から生豆のコーヒー屋
に変わり売上を伸ばした

週末になると関東甲信越、走れる限り走り回り色んなタイプの焙煎機
を見てテイスティングした

日本にある世界中の焙煎機は全てチェックし、頼み込んで操作させて
貰えるところでは実際に焙煎させてもらった

その頃はコーヒー企業に勤める社員のスキルを上げて、ただひたすらに
スペシャリストを目指していたのだが・・・

いつしか、自社の作るコーヒーだけでなく他社の大手が作るコーヒー
でさえ美味しいと思えないようになってしまっていた

未だ焙煎や抽出、生豆の規格等級など情報の少なかった時代だったが
志ある商社や現地生産者を知る人たちと今でいう単一農園、単一品種

サンプル的に入手した超高品質の生豆を焙煎しテイスティングする機会
に恵まれていた

良質のコーヒー豆に触れながら、次世代コーヒーの夜明けをハッキリと
予測していた

日本にスペシャルティーコーヒーと言う言葉さえ無い時代に、今でいう
トレーサビリティーとサスティナビリティーについて熱く語った

そして、ついにアメリカから、あのスターバックスが日本に初上陸

期待に胸を膨らませ銀座の第1号店に向かったのだが・・・

正直がっかりした、愕然としたと言っても良いだろう

生豆のキャラクターを無視したダークロースト、鮮度のかけらも
感じさせない真っ黒でオイルまみれのコーヒー豆

ラテにしてもドリップにしてもコーヒーの魅力とは程遠い

違う、全然違う! 自分の目指すコーヒーは自分で創るしかない

そんな想いが湧き上がって来ていた
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by coffeecolors | 2013-11-17 14:13 | 日々の出来事


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